2010年4月5日月曜日

ダメとわかっていて、なぜか「間違う」心理

先週末は桜が綺麗に咲き、
満開の花見を楽しむことができました。
とはいえ、春というにはまだ少し肌寒い気がします。

花粉症の私は、首筋の緊張がひどくなる季節でもあり、
足繁くマッサージに通う日々です。
「首がほぐれたので 腕に移ると
その間にまた 首が固くなってますよ(泣)」と
施術士さん泣かせの私。

最近ニュースで聞きなれてきた
魔がさして・・」の言葉。
果たして 魔がさして10回分もの間違いが起こるかというと
それは本人にしかわかりませんが、
本人が意識しないところで
「特定の行動」が起こるのってなぜでしょう。

かの有名なフロイトが 精神分析を確立する過程で
その現象を説明しています。
そう、有名な「無意識」のしわざだと。

■ 無意識に支配されている私たちの行動

かつてヨーロッパの哲学者が追及した「私」とは
「意識」上のものでした。
デカルトの「われ思う、ゆえに我あり」が それです。

一方フロイトは、意識の外にもう一つの意識があると主張し、
それは自分ではわからない心の部分だと言いました。
この「自分ではわからない心=無意識」が、
私たちの行動の大部分を制御していると

言うのです。

「魔がさす」間違いは、この無意識によるものです。
でもその根底には 別の感情があって、
その感情の表出を無理やり抑え込むあまりに、
違った形で行動に表れる、とか、

または、抑え込まれた本心が
意識上での回避より強く働いて
それに関連した行動という形で
「本音」が出ることもあります。

友人が集まって着こなしを褒めあう際、
「あなたにぴったりね」
「すごく似合ってる。素敵!」などと声をかける中、
苦手な友人に対しては 
無意識にも
「かわいいわね、その靴。」と
無意識ながらも、本人を褒められず
衣装の一部だけを褒めてしまう、とか・・。

気乗りしない会議の開会のあいさつに つい
「これから会議を”閉会”します」と言ってしまったり。

これらを「錯誤行為」と言います。

無意識の影響はほかにもあります。
思い出したくない記憶を忘却する「健忘」、
またはまったく無関係な身体症状としてあらわれる 症状、

また夢の中でのストーリーとなって現れるなど、など。

ニュースの中での「魔がさした」行為には
どんな本音や抑圧があったのか、
それとも 無意識になるほど習慣化された
役職間の風土があったのか、

それは誰にもわかりません(笑)

はるか、先に、東京スカイツリー!(わからん!)
この日、東京タワーの高さを超えたという記念に
高速上の車中からパチリ。

東京スカイツリーのHPはこちら(http://www.tokyo-skytree.jp/


しだれ桜が綺麗な週末でした。


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